星のカービィ完全攻略

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カービィ誕生秘話


 1992年、初心者向けのアクションゲームとしてHAL(はる)研究所が発売した「星のカービィ」。初作品は全世界で500万本ヒット以上、全作品では1800万本ヒット以上という大記録を成し遂げたこの作品ですが、開発の裏側には様々な秘密が隠されているのです。

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 その当時、倒産寸前の状態にあったHAL研究所は、会社の存続を賭け、新しいゲームを作ることになりました。社員だった桜井政博(さくらいまさひろ)氏(当時22歳)は、誰もが親しめるキャラクターとして、ピンクのまるい体で、単純な愛嬌のある「ポポポ」を作り、提案しました。その後のプレゼンで、このキャラクターは見事採用され、ゲームのタイトルは「ティンクル☆ポポ」に決まりました。
 桜井氏は、誰もが楽しむには、「簡単で易しいゲーム」を作ることが大切だと考えました。桜井氏は開発チームのメンバーとゲームを考えるうちに、「空を飛べれば、難易度は下がる」「空を飛ぶには空気を吸い込んでふくらむ必要がある」「それなら敵も吸いこめるようにすればどうだろう」といった発想が生まれていきました。こうしてこのゲームの斬新な構想ができあがっていき、制作がスタートしました。
 制作も大詰めを迎え、いよいよ宣伝活動が開始されました。ところがこの当時ゲームボーイはモノクロで、ほとんどのスタッフがポポポの色を白だと思い込んでいました。結局広告のポポポの色もそのまま白になってしまいます。のちに桜井氏の主張によってピンクに修正されますが、色の間違いが伝わるのが遅かった海外では白の広告・パッケージとなってしまったのです。
 さらにハプニングは続きました。HAL研究所の経営状態が厳しくなり、「ティンクル☆ポポ」の発売ができなくなってしまったのです…。しかしその時、任天堂が「ティンクル☆ポポ」の発売中止を惜しいと思い、HAL研究所に投資をしました。九死に一生を得たHAL研究所は、再び制作に取り掛かりました。こうして、開発元・HAL研究所、発売元・任天堂として、当初予定していた1月下旬の発売からおよそ3ヵ月後の、4月27日に無事に発売されることになったのです。
 発売された時、タイトルは、「星のカービィ」に変更されていました。任天堂が、「インパクトがあり、どんな人にでも親しみが持てる名前に変えよう」と提案したからです。その時募集したたくさんの名前の中から、桜井氏は「カービィ」を選びました。こうして「カービィ」が誕生したのです。ちなみに、「カービィ」という名前の由来は、アメリカの「カービィ型」という掃除機から取ったとか、アメリカにおいて任天堂の訴訟を担当していた弁護士のジョン・カービィ氏から取ったなどの説がありますが、実際のところは選んだ桜井氏本人でさえ分かっていません。

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 様々なハプニングを乗り越え、たくさんの人々の努力によって生まれたカービィ。現在は、発売14周年を向かえ、ポケモンやマリオ、ゼルダに次ぐ、任天堂の欠かせない人気キャラクターとなっています。これからもたくさんのソフトを出して、がんばってほしいですね!
 
 
ティンクル☆ポポ 参考画像
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